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小説を読むことの醍醐味


読むことで自分の生き方を問い直すことができる。文学の魅力は、批評性があることだ。小説を「読む」という行為を通して、自分を外側から批評できる。自分の生き方や考え方の俗っぽさに気づいたり、他人の気持ちを分かったように思い込むことの傲慢さを痛感したりする。現実の自分に、自分で異議申し立てをしていく、刺激的な体験なのである。

ところが、経済学や法学とは違って、文学は実学ではないと思われがちだ。しかし文学も法学も研究する上で素材の扱い方は同じである。客観的な材料を集めて論理的に組み立て、プレゼンして相手を説得する。将来どの分野でも役立つ知のトレーニングを、文学作品で実践しているわけである。

作者の意図を正確に読み取ることは難しい。トレーニングの第一歩は、作品を「正確に読む」こと。「巨視的に読む」「微視的に読む」という二つの読み方に取り組むべきであろう。

「巨視的に読む」とは、作品の全体像を把握すること。小説を読むことは一つの町の中を歩くようなもので、そこには人・時間・空間の三要素がある。まず、登場人物と空間を一枚の紙に配置したマップを作り、そこで起こった出来事を時系列で整理して年表にまとめる。あわせて、作品が執筆された当時の社会の動きも押さえていく。小説の中のできごとを、歴史という大きな文脈の中に置くのだ。

「微視的に読む」とは、作者が選んだ言葉を一つひとつ検証すること。小説の中に登場する物事は、今では執筆当時のイメージからかけ離れてしまっているものがある。例えば、太宰治の『津軽』に登場する「運動会」。今の私たちにとっては楽しいイベントも、太宰の時代には軍事教練。しかし、太宰はそれを「悲しいほど美しく賑やかな祭礼」と表現している。そこで、当時の読者に違和感を覚えさせるために、あえてこうした表現を選んだのではないか、という説も成り立つのである。このように、全ての言葉が当時の人々にはどう受けとめられていたかを探っていくのだ。普通の辞書や百科事典だけではそこまでわからないので、同時代に書かれた他の小説の用例も調べる。ひとつの言葉を調べるだけで、膨大な時間がかかることに気づくだろう。

突破口を見つけるか、脱出ルートを探る。作品を読み込んだら、次は「論文を読む」。太宰治の『津軽』でいえば、百本もの先行論文がある。本当はこれを前部読まないと研究できないが、さしあたり新しいところを5〜6本選ぶ。 論文を読むという行為は、ある種の対話だ。その論文を書いた研究者と、同じテーマについて対話しているつもりで読むのである。そして、「なぜ」と突っ込みたくなる部分を見つけていく。だが、まだ若者にとってはそれが難しい。研究者の主張にすっかり納得させられてしまい、新しい問題を発見できない。でも、若いうちはそれでもいいのである。

いわゆる、社会人に求められる「問題発見・解決能力」を身につけるための「知のトレーニング」はここから始まる。